2013年03月21日

807回大海原を越えゆく相棒


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■3/21配信 最新モデルでもVESAマウントアダプタ搭載でiMac発売開始、我慢の限界にいる「Mac Pro」ユーザー、古野電気が太平洋横断ブラインドセーリングを支援、のニュースをとりあげました。 後半はリスナーさんからのコメントをご紹介しています。

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・配信をお聞きいただいた方にだけわかる補足リンク






番組ではリスナーのみなさんからのコメントをお待ちしております。
3月のテーマはMacとiPod,iPhone,iPadの半分こ。会社の机の上にMacと周辺機器を並べて仕事をするうちスペースを取りすぎて隣の人との半分境界線をひくことになった、とか 夫婦そろっておでかけの時はモバイルバッテリ一台を半分ずつ使えるように2つあるUSBのポートをそれぞれの使用者で決めている、とかのお話をお待ちしております。
もちろん、初Mac体験についての投稿がまだだったという方もお待ちしております。 このエントリの下の方にあるcommentボタンからコメントでお願いいたします。(コメントは管理者承認後に公開になりますので非公開のままを希望される場合はその旨も御書き添えください)
posted by ワンボタンの声制作委員会 at 04:45| Comment(2) | ニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
やまむらさん、松尾さん、魚井先生、昨年の夏より毎回楽しみに拝聴しております。初めてのコメントです。私のMac歴は20年少々で、System7が出た頃Mac.II SiとQuadra900を会社でデータ分析用に使い出し、家のMacはColor Classicからでした。マウス操作と画面上の違和感のない動きやフロッピーを排出する時「はいどうぞ」と舌を出すような動作など、マシンとは思えない暖かみが新鮮でした。
ところで、第807回の放送にて、TVの相棒ではMacがよく出てくるがNHKの朝ドラでは.... という話と、爆弾マークの話が出ていました。私はこれを聴いて、NHKで一時期、1990年代後半かな?、Macを大々的に使って視聴者の意見のグラフ表示や音楽リクエストのビジュアル表示など、明らかにMacの画面を使ったと見られる番組があったのを覚えています。ただ、私の見た番組が生放送のもので、Macのシステムが落ちまくって再起動のジャーンっていう音が何回も何回も聞こえてきてさあ大変、裏方さんは大変な思いをしていたのだろうなと同情を覚えるものでした。あの頃は、爆弾は確かによく出ていました。でも憎めなかった。コマンド+Sはシステムが安定化したいまでもクセになっています。NHKもそのTV番組以降、私の見る限りMacを生で出す番組は跡形も無くなったようでした。前回の放送を聴いて、こんな記憶がある方がいらっしゃるのか、ちょっと知りたくなりました。魚井先生なら何かご存知ではないでしょうか?
これからも、ちょっと懐かしめの話題を織り交ぜていただければ、うれしいなと思います。お身体に気をつけて、これからも楽しい放送をお願いいたします。
Posted by ヒロボ・チャン at 2013年03月21日 21:47
ワンボタンの皆様、お久しぶりです。富山県のkenso7です。前に読んでいただいた時にはiPadminiを万が一買ったら、と言っていましたが、その後購入しましたがまだ中途半端に使っています。今はiPhone4S,iPad第1世代、最後の白いMacBookなどを使っています。podcastのアプリの話が出ていましたが、以前あっぷるんるんのBJさんが使っているという「Instacast」を使っています。沢山たまっていたのを時系列でどんどん聞けるので満足しています。ワンボタンも問題なく聞けています。おかげでなんとか追いつけました。そこで、今まで話題になった中で、ネガフイルムの話がありましたが、去年ぐらいまでに1年以上掛けて数百本分のScanをしました。ネガも捨ててしまいました。その他のものもScanし電子化しました。しかし、そうしてためたデータが入ったHDDが時々認識できなくなり、USBケーブル交換で認識した頃には修復不能のデータが出てきました。どこかでバックアップは必要ですね。話題は変わって、コボルの話がありましたが、若い頃には銀行のオンラインを作っていましたのでコボル、フォートランなども使いました。でも、大部分はアセンブラーで、今では考えられませんがハードディスクのシリンダー、トラック、レコードまで指定してデータを扱っていました。開発時の本当に忙しい時は107時間残業どころか190時間以上の残業を出しましたが、多すぎると120時間ほどに削られました。若い時だから出来たと思います。
まとめて聞いたので書きたいことがたまってしまいました。長々とすみません。お身体に気をつけて、これからも楽しい放送をお願いいたします。
Posted by 宮腰謙三 at 2013年03月24日 12:38
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